Hatchie『Liquorice』

Between the DoorsFEATURENEWSREVIEWS1 week ago50 Views

Hatchieの最新アルバム『Liquorice』(2025年11月7日/Secretly Canadian)は、シューゲイズ的轟音とドリームポップ的浮遊感、ポップ的明快さを絶妙に融合させた作品。内省的で甘くほろ苦い楽曲群は、新たな恋や喪失、再起の感情を繊細に描き出し、Hatchie自身の音楽的核に立ち返った成熟作となっている。

Hatchie『Liquorice』 (November 7, 2025 / Secretly Canadian)

甘さと苦さを抱えながら漂う、オーストラリア産ドリームポップの成熟

オーストラリア・ブリスベン出身のハリエット・ピルビームがソロ名義“Hatchie”で放つ最新作『Liquorice』は、彼女の音楽的旅路における節目と言える。2019年のデビュー・アルバム『Keepsake』から2作を経て、本作ではシューゲイズ的轟音とドリームポップ的浮遊感、そしてポップ・ミュージックとしての明快な構造がこれまで以上に調和している。

ピルビームは制作にあたり、「他人の目をあまり気にせず、自分のペースで曲を書きたかった」と語る。その姿勢は、アルバムのあらゆるサウンドと歌詞に反映されており、甘くありながらもどこか塩味を帯び、苦みを含む──まさにタイトルが示す“Liquorice”の味わいが生まれている。

冒頭を飾る「Anemoia」では、ドラムマシンとキーボードの静かなグルーヴに乗せ、内省がゆっくりと展開される。続く「Only One Laughing」は、アコースティック・ギターのストロークに躍動感あるシンセが重なり、明確なポップ感と深みのあるテクスチャが共存する。シューゲイズ的轟音を封印しながらも、その感覚を新たな文脈に移す試みが感じられる。

中盤の「Lose It Again」「Carousel」「Wonder」では、恋愛の高揚と喪失、期待と裏切りといったテーマを細やかに描く。「Carousel」では、きらめくシンセの波間に“Then I knew that everything I’d ever wanted had passed / And I couldn’t help but laugh”という歌詞が冷たい情景を浮かび上がらせる。「Sage」では、“Can’t you see it’s more than just ecstasy? / You’re falling in love with me”と歌い、ポップロック的構造の中に自己の揺らぎを映し出す。こうした表現は、ポップ性の奔放さを抑え、引き算の美学が際立つ。

本作ではプロデューサーにMelina Duterte(Jay Som名義)を迎え、制作をメルボルン/ブリスベンの拠点で進めた。「限界を強みとして捉える」という考えのもと、ピルビームは自らの声とメロディに徹底的に向き合い、煌めきとざらつき、静けさを統一感ある音像としてアルバム全体に息づかせている。

批評的評価も高く、メタクリティックでは平均スコア80点前後を記録。「彼女の最良作」「キャリアの集大成」と評する声もあり、リスナーは新たなドリームポップ体験と、個人的な感情の起伏を同時に味わうことができる。

『Liquorice』は、浮遊的な甘さを残しつつ、リアルな揺らぎを加えた作品だ。恋の高揚だけでなく、その余韻や滑落、そして再起も描き出す。ポップでありながら単純ではなく、浮遊しながらも決して宙ぶらりんにはならない。Hatchieはこのアルバムを通して、自らの音楽の核を確かめながら、静かに新たな時間を刻む感覚を届ける。

Join Us
  • Facebook38.5K
  • X Network32.1K
  • Behance56.2K
  • Instagram18.9K

最近の投稿

Loading Next Post...