
smushのEP『standards』は、既存楽曲をカバーという形式で引き受け直しながら、記憶の中で変質した音像として再提示する作品だ。リバーブに沈むボーカルとノイズが溶け合い、原曲とは異なる時間感覚を立ち上げている。
輪郭の曖昧なノイズの中で、個人的な記憶がゆっくりと形を持ち始める
ブルックリンを拠点とするシューゲイズ・デュオ、smushは、2024年のデビュー作『if you were here i’d be home now』で地下シーンに足場を築いたのち、2026年にEP『standards』を発表した。Emily BorrowmanとAtley Kingによるこのプロジェクトは、もともとカナダ・バンクーバーで出会い、その後ニューヨークへ拠点を移す中で活動を本格化させていった。都市をまたぐ移動や生活の変化は、彼らの音楽における距離感や親密さの揺らぎとして、無理なく音像に反映されている。
本作はカバー曲で構成されたEPだが、そのアプローチは単なる再現とは異なる。彼ら自身の言葉でも、カバーは影響源をなぞるというよりも、それらを現在の自分たちの感覚の中で鳴らし直すための手段として位置づけられている。Norah Jonesの“Don’t Know Why”のような広く知られた楽曲も、smushの手にかかることで、原曲の温度を保ちながらも、より曖昧で奥行きのある響きへと変化していく。
もともと彼らの制作は、自宅録音をベースとしたDIY的なプロセスに支えられている。インタビューでも語られているように、完成度を過度に追い込むのではなく、録音の中に生まれる偶然性や揺らぎを受け入れる姿勢が一貫している。そのため、音は均質に整えられることなく、歪みや空間の広がりを含んだまま提示される。本作でもその特徴は変わらず、むしろカバーという枠組みの中で、音の質感そのものがより前面に現れている。
“Don’t Know Why”では、原曲の滑らかなメロディがかすかに残りながらも、リバーブに包まれたボーカルとノイズの層が重なり、時間の輪郭がぼやけていく。はっきりとした中心を持たないまま音が広がっていく感触は、記憶の中で反復される旋律のあり方にも近い。
また彼らは、シューゲイズというジャンルを特定の様式として固定的に捉えるのではなく、あくまで音の重なりや空間の作り方の一つとして扱っている。そのため本作でも、ノイズや残響は装飾ではなく、楽曲の核そのものとして機能している。結果として、原曲の構造を保ちながらも、その聴こえ方は大きく変化している。
現在のシューゲイズは、SNSを通じて急速に可視化される動きと、ローカルなシーンの中で時間をかけて育まれる動きが並行している。smushは後者に近い位置にあり、日々の制作とライブ活動を重ねながら、その音楽を形にしてきた。派手な拡張ではなく、小さな更新の積み重ねによって輪郭を作っていくタイプのプロジェクトと言える。
『standards』は規模の大きな作品ではないが、既存の楽曲を素材として引き受け直し、自分たちの音として再構成する過程が丁寧に刻まれている。過去の楽曲に触れながら、その記憶を現在の質感で書き換えていくような感触があり、音が時間とともに変質していくプロセスそのものが、静かに立ち上がる。
smushはまだ広く語られる存在ではないが、その音は特定の潮流に依存することなく、個人的な感覚の深いところへと届く。ノイズの奥に滲む感情の揺れが、聴き手の中でゆっくりと形を持ち始める。