
Dinosaur Jr.が5年ぶりのアルバム『There Near』をリリース。轟音のギターと耳に残るメロディー、気だるいボーカルが共存するサウンドを通して、長年バンドを特徴づけてきた不揃いな魅力を改めて鳴らしている。

轟音とメロディー、その不揃いな魅力を取り戻したDinosaur Jr.の新作
1980年代から90年代にかけて、オルタナティブ・ロックのなかに独自の位置を築いたDinosaur Jr.。J Mascisの歪んだギター、気だるいボーカル、そして荒々しい演奏のなかにも鮮明に浮かび上がるメロディーは、長年にわたってバンドの音楽を特徴づけてきた。2005年のオリジナル・メンバーによる再結成以降も作品を重ね、2021年の『Sweep It Into Space』から5年。2026年8月28日にJagjaguwarからリリースされた『There Near』は、通算13作目となるスタジオ・アルバムだ。
今作でまず耳を引くのは、ギターの荒々しい音色と、その奥から聴こえてくる親しみやすいメロディーだ。分厚く歪んだギターが曲全体を覆い、演奏には整いすぎない感触がある。それでも歌の輪郭は失われず、むしろ音の粗さがメロディーの魅力を際立たせている。Dinosaur Jr.にとって決して新しい手法ではないが、近年の作品と比べても、初期のレコードを思わせる生々しいギター・サウンドが前面に出ている。
その背景には、J Mascis自身の意識的な選択がある。今作の録音にあたり、彼はデビュー作『Dinosaur』の制作時にエンジニアのChris Dixonが所有していたものと同型の、1970年代製Mesa Boogie MK 1アンプを新たに入手した。本人も初期の作品で得られたギターの音を再び追求したかったと語っている。レコーディングはマサチューセッツ州アマーストのBisquiteen Studioで約1年にわたって行われ、J Mascis、Lou Barlow、Murphの3人を中心に、Ken Mauriが一部のピアノとオルガンで参加した。制作方法も大掛かりなものではなく、短期間の集中的なセッションを重ねて完成させている。こうした録音環境と演奏へのアプローチが、今回のアルバムの飾り気のない音につながっている。
冒頭の「Several Got Away」は、その成果がよく表れた曲だ。勢いよく鳴り出すギターと弾むようなメロディー、そこに重なるJ Mascisの気の抜けた歌声。演奏の迫力と歌の軽やかさが同時に押し寄せ、アルバムの始まりを印象づける。続く「No Friends」では、孤独を歌うボーカルと、次第に感情を強めていくギターの対比が際立つ。J Mascisの歌声は決して大げさに感情を表現するものではないが、ギター・ソロに入ると、それまで抑えられていた感情が一気に噴き出す。音数や速さだけに頼らず、フレーズの揺れや伸びによって曲の感情を伝えるところに、彼のギタリストとしての個性がある。
「Everything At Once」では下降するベースラインが曲に物憂げな雰囲気を与え、重厚なギターの響きと穏やかなメロディーが重なっていく。「Read The Room」ではフランジャーを通したギターが印象的で、Murphの力強いドラムが曲を前へと押し出す。どちらも従来のDinosaur Jr.の作風から大きく離れてはいないが、音色やリズムのわずかな違いが、楽曲それぞれの表情を作っている。とりわけMurphのドラミングは、ギターが自由に動き回る演奏を支える重要な役割を果たしている。Lou Barlowのベースとともに、3人の演奏がひとつの塊となって鳴る感覚は、再結成後のバンドが積み重ねてきたものでもある。
アルバム中盤の「Clam Along」では、力強いギター・リフとメロディアスな展開が、バンドの持つロック・バンドとしての勢いをストレートに伝える。一方、終盤の「Put It Down」は比較的穏やかな曲調から始まり、やがてギターが激しく鳴り響く展開へと向かう。こうした曲では、単に音量を上げるだけでなく、静かな場面を置くことでギターが入り込む瞬間の迫力を生み出している。J Mascisのギター・ソロは時に長く、楽曲の構成を大きく占めるが、歌のメロディーと切り離されたものにはなっていない。
Lou Barlowが作曲とボーカルを担当する「Blowin’ Up」と「No One’s Ready」も、アルバムに変化をもたらしている。「Blowin’ Up」はJ Mascisの楽曲と比べてやや落ち着いた演奏を聴かせる一方、歌詞には現代の政治や社会に向けた批判的な視点が込められている。メロディーの親しみやすさと歌詞の鋭さが同居しているところは、Barlowらしい。「No One’s Ready」では揺れるようなリズムとギターの響きが重なり、アルバムの最後を飾る。J Mascisとは異なるソングライティングの感覚が加わることで、Dinosaur Jr.というバンドの音楽的な幅を改めて感じさせる2曲だ。
一方で、『There Near』にまったく新しいDinosaur Jr.の姿を期待すると、物足りなさを感じる部分もあるだろう。ギターを中心とした楽曲構成やテンポ、メロディーの運び方には共通点が多く、曲によっては過去の作品で聴いたような感覚も残る。アルバム全体を通して大胆な展開が用意されているわけでもない。しかし、今回の作品には、再結成後のアルバムで徐々に整えられてきたサウンドを、もう少し粗く、直接的なものへと引き戻そうとする意識が感じられる。ギターの音が必要以上に磨かれておらず、演奏の勢いがそのまま残されていることが、楽曲に独特の親しみやすさを与えている。
初期のサウンドへの回帰が、必ずしも初期作品の再現を意味するわけではない。『There Near』で聴けるのは、長い活動を経た3人が、慣れ親しんだ演奏方法を用いながら、今も新しい曲を作り続けている姿だ。かつてのような無秩序さや切迫感とは違う、演奏を重ねてきたバンドならではの安定感もある。その一方で、ギターが思いがけない方向へ伸びていく瞬間や、荒々しい演奏のなかから不意に美しいメロディーが現れる瞬間には、Dinosaur Jr.の音楽が本来持っていた魅力が鮮やかに残されている。
『There Near』は、バンドの歴史を塗り替えるような作品ではないかもしれない。それでも、5年ぶりの新作として、3人が現在どのような音を鳴らしたいのかを明確に伝えている。轟音のギターと気だるい歌声、少し不器用にも聴こえるメロディー。その組み合わせは、40年以上にわたってDinosaur Jr.の音楽を支えてきた。今作には、長いキャリアを経てもなお、その魅力が色褪せていないことを確かめられるだけの力がある。