
Eaves Wilderのデビュー作『Little Miss Sunshine』は、シューゲイズや90年代オルタナティブ・ロックのスケール感を借りながら、自身の感情の揺らぎを真正面から鳴らした作品だ。轟音と親密さが共存する音像の中で、“大きさ”を求める衝動が静かに輪郭を持ち始める。
北ロンドン出身のEaves Wilderは、2020年に自主リリースした“Won’t You Be Happy”で注目を集めて以降、ドリームポップやシューゲイズを軸にしながら、鋭さと親密さを同時に含んだソングライティングで存在感を広げてきた。2023年のEP『Hookey』を経て発表されたデビューアルバム『Little Miss Sunshine』は、その延長線上にありながら、彼女自身が繰り返し語ってきた“もっと大きな音楽を作りたい”という感覚を、初めて明確な形として結実させた作品でもある。
その“大きさ”とは、単純なスケール感や商業的な拡張ではない。本人がインタビューで語るように、本作で目指されたのは「山やハリケーンのような、感情や存在そのものの大きさ」だった。EPリリース後、一時的に音楽活動から距離を置き、自分が音楽を続ける意味すら見失いかけていた時期を経て、彼女は自宅のシェッドにこもりながら曲を書き始めたという。そこで生まれたのは、感情を整理するためというより、自分の混乱や気分の揺れそのものを音として受け止めるような楽曲群だった。
アルバム冒頭の“Hurricane Girl”は、その方向性を象徴する1曲だ。厚みのあるギターとシューゲイズ的な残響が広がる中で、Wilderの声は決して埋もれることなく前へ進んでいく。90年代オルタナティブ・ロックへの憧れを隠さず打ち出しながらも、単なるノスタルジーには留まらない。Pearl JamやJane’s Addiction、Soundgardenへの言及が話題になったが、実際に鳴っているのは“男性的なロックの模倣”ではなく、そのスケール感を自分自身の身体感覚へ引き寄せ直そうとする試みだ。
続く“Everybody Talks”では、テンポの速いリズムと反復的なボーカルが焦燥感を加速させていく。もともとはライブ会場やフェスで感じた“誰もが話し続けている状態”から着想を得た曲だというが、その感覚はSNS以降の情報過多な日常とも自然に重なっていく。混線したノイズの中で、自分の輪郭だけが曖昧になっていくような感触がある。
一方で、本作は単純に“轟音化したEaves Wilder”という作品でもない。“Mountain Sized”では、音数を整理しながら、自分自身を肯定できない感覚が静かに歌われる。Lily Allenの“The Fear”から影響を受けたと語られるこの曲では、自分の弱さや浅ましさを隠さず提示すること自体が、むしろ誠実さとして機能している。アルバムタイトル『Little Miss Sunshine』も、元恋人から付けられた呼び名を皮肉交じりに引用したものだという。明るく振る舞うことを求められる違和感と、その裏側にある感情の振れ幅が、本作全体に通底している。
その一方で、Eaves Wilderの魅力は、感情をただ剥き出しにすることではなく、それをポップ・ミュージックとして成立させる感覚にもある。“English Tea”や“Summer Rolls”では、Cocteau TwinsやLush以降のドリームポップ的な浮遊感と、より現代的なインディーロックの輪郭が自然に交差していく。Andy Savoursとの共同プロデュースによって、轟音の奥行きとメロディの抜けの良さが両立されており、全体を通して音像には確かな立体感がある。
また、本作にはUKインディー以降の文脈だけでは説明しきれない雑食性も見える。60年代ポップ、riot grrrl、90年代オルタナティブ、ドリームポップ、それぞれの影響が断片的に現れながら、最終的にはEaves Wilder自身の不安定な感情の流れとして統合されていく。そのため、アルバム全体には“ジャンル感”よりも、“感情の気圧配置”のような連続性が残る。
『Little Miss Sunshine』は、自分を安定した人格として提示する作品ではない。むしろ、感情が揺れ続ける状態をそのまま抱え込みながら、それでも前へ進もうとする過程が記録されている。シューゲイズやオルタナティブ・ロックのスケール感を借りながら、その中心にあるのは極めて個人的な混乱と自己認識だ。
Eaves Wilderは、このデビュー作で“世界観”を獲得したというより、自分の揺らぎそのものを世界として鳴らし始めた。その不安定さは決して完成されてはいない。しかし、だからこそ本作には、現在進行形の熱と説得力が残っている。