Melody’s Echo Chamber『Unclouded』

Melody’s Echo Chamber『Unclouded』 (2025 / Domino)

サイケデリック・ポップの幻想性を保ちながら、より明るく現在へと向かう4作目

フランスのミュージシャン、メロディ・プロシェによるプロジェクト、Melody’s Echo Chamber。2012年に発表したセルフタイトルのデビュー作で、ドリーム・ポップ、サイケデリア、フレンチ・ポップを独自の感覚で結びつけ、一躍注目を集めた彼女は、その後『Bon Voyage』(2018年)、『Emotional Eternal』(2022年)と作品を重ねてきた。そして2025年12月5日、Dominoから約3年ぶりとなる4作目のスタジオ・アルバム『Unclouded』を発表した。全12曲、約30分というコンパクトな作品である。

そのタイトルの背景にあるのは、宮崎駿の言葉から取られた「憎しみに曇らされていない目で見る」という考え方だ。プロシェ自身も、成長するなかで以前はノスタルジーを強く感じていたものの、「無常」という概念を理解するようになってからは、それを個人的なものとして受け止めなくなったと語っている。Dominoはこの変化を、逃避への本能から、現在の自然とともにある感覚への移行として説明している。

その変化は、『Unclouded』の音そのものにも表れている。共同プロデュースと作曲を担ったのはスウェーデンの音楽家Sven Wunder。さらにJosefin Runsteenによるストリングス、Dina ÖgonのDaniel ÖgenによるギターとLove Orsanによるベース、The HeliocentricsのMalcolm Cattoによるドラム、そしてDungenのReine Fiskeによるギターが加わっている。最後の「Daisy」にはEl Michels AffairのLeon Michelsも参加し、作品に豊かな生楽器の質感を与えている。

アルバムの幕を開ける「The House That Doesn’t Exist」は、柔らかなギターとストリングス、そしてプロシェの淡い歌声が重なり合う、穏やかなオープニングだ。音は大きく飛躍することなくゆっくりと広がり、続く「In The Stars」ではその浮遊感がより明確なポップ・ソングの形を取る。ストリングスとリズム、リヴァーブのかかったヴォーカルが一体となり、アルバムが目指す穏やかなサイケデリック・ポップの輪郭を早くも提示している。

「Flowers Turn Into Gold」はわずか1分30秒という短い楽曲で、アルバムの流れのなかに一瞬の色彩を差し込むように配置されている。続く「Eyes Closed」では、Malcolm Cattoのドラムを軸にしたリズムと、より濃密なサイケデリック・ギターが前面に出る。アルバム全体が柔らかな夢のような質感を持つ一方で、この曲にはそこから少しだけ輪郭を強める瞬間がある。

「Childhood Dream」を挟んで現れる「Memory’s Underground」は、本作のなかでも特に印象的な一曲だ。ゆったりとしたリズムを基調に、プロシェのヴォーカルとストリングスが重なり、終盤に向かって音響的な広がりを増していく。穏やかなバラード的な部分から、ストリングスとリヴァーブによるサイケデリックな展開へと変化していく構成も印象に残る。

後半では「Broken Roses」のストリングスや、「Burning Man」に散りばめられた木琴のような音色が、アルバムに植物的で牧歌的なニュアンスを加えていく。「Into Shadows」ではテンポが少し前に出て、ギターの動きも強まることで、それまでの静かな浮遊感に変化が生まれる。

そして「How to Leave Misery Behind」では、作品のテーマがより直接的に歌詞へと現れる。「Life can see who you are / Life will take you where you belong」という言葉は、アルバム全体に流れる受容や均衡という感覚を象徴するものだ。

タイトル曲「Unclouded」は、アルバムのなかでも特に静かな位置にある。ハープとストリングスを中心とした音は、強いドラマを作り出すというよりも、空間そのものをゆっくりと変化させていく。2分という短さもあって、ひとつの完成された物語というより、アルバム全体の流れを一度静かに受け止めるための間奏のように響く。

最後を飾る「Daisy」にはEl Michels Affairが参加している。プロシェの柔らかなヴォーカル、反復するドラム、そして印象的なギターが重なり、それまでの楽曲よりも直接的なポップ・ソングとして機能する一方、アルバムの持つ浮遊感から逸脱することはない。Dominoもこの曲を「sparkling pop song」と位置づけており、作品全体を締めくくる楽曲となっている。

『Unclouded』の面白さは、Melody’s Echo Chamberの音楽を大きく方向転換させることではなく、これまでのサイケデリックで夢幻的な音像を、より簡潔で明るい場所へと置き直しているところにある。本作は過去のサウンドから大きく離れてはいない一方、プロシェのソングライティングには新たな確信と明晰さが感じられる。

実際、『Unclouded』には過去作のような長大な音響的展開は少ない。多くの楽曲が3分以内に収まり、メロディやフレーズが繰り返されながら、次の曲へと比較的滑らかに移っていく。そのため、個々の楽曲を強烈なシングルとして聴かせるというより、一枚のアルバムとして同じ空気を共有させることに重点が置かれているように感じられる。

もちろん、それは聴き手によって長所にも短所にもなり得る。楽曲同士の境界が曖昧で、アルバム全体がひとつの夢のように溶け合っていくため、明確なピークを求めるリスナーには物足りなく映る可能性がある。一方で、その輪郭の曖昧さこそがMelody’s Echo Chamberの音楽にとって重要な魅力でもある。本作には、大きな方向転換ではなく、これまでの世界をより確かなものにしていく姿勢が感じられる。

『Unclouded』は、Melody’s Echo Chamberの音楽を根本から作り変えるアルバムではない。むしろ、彼女がこれまで積み上げてきたドリーム・ポップとサイケデリアを、より明るく、より簡潔に、そして少しだけ現実に近い場所へと移動させた作品だ。幻想性は消えていない。しかし、その幻想のなかに閉じこもるのではなく、現在という時間や、移ろっていくものそのものを受け入れようとする視線がある。

雲がなくなったからといって、世界が突然明るくなるわけではない。『Unclouded』が描いているのは、その間にある微妙な光の変化なのだ。淡いストリングス、霞んだギター、静かな歌声、そして時折差し込まれるリズム。そのすべてが重なったとき、このアルバムは大きな結論を提示するのではなく、ただ視界が少しだけ晴れていることに気づかせてくれる。

Melody’s Echo Chamberがここで手に入れたのは、まったく新しいサウンドというより、自分自身の音楽をより静かに見つめ直すための透明な視線なのかもしれない。

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